専門家インタビュー

小林さんに聞く

社員の主体性を生み出す
「キャリア対話」とその仕掛け方

小林 祐児
株式会社パーソル総合研究所
シンクタンク本部
上席主任研究員
三石 原士
パーソルキャリア株式会社
タニモク開発者/
共創プロデューサー

パーソル総合研究所上席主任研究員の小林祐児氏に人事施策における「キャリア対話」の重要性について、「タニモク」開発者である三石原士が聞きました。社員の主体的なキャリア意識を生み、自己効力感を高めるという「キャリア対話」がなぜ人事施策において重要なのか、パーソル総合研究所の研究データをもとにお話しいただきました。

Interviewee Profile

小林 祐児
株式会社パーソル総合研究所
シンクタンク本部 上席主任研究員

上智大学大学院 総合人間科学研究科 社会学専攻 博士前期課程 修了。NHK 放送文化研究所に勤務後、総合マーケティングリサーチファームを経て、2015年よりパーソル総合研究所。労働・組織・雇用に関する多様なテーマについて調査・研究を行う。専門分野は人的資源管理論・理論社会学。著作に『罰ゲーム化する管理職』(集英社インターナショナル)、『リスキリングは経営課題』(光文社)、『早期退職時代のサバイバル術』(幻冬舎)、『残業学』(光文社)『転職学』(KADOKAWA)など多数。

Interviewee Profile

三石 原士
パーソルキャリア株式会社
タニモク開発者/共創プロデューサー

大学卒業後、渡独。設計事務所にてキャリアをスタート。帰国後、大手情報サービス会社を経て転職サービス「doda」の立ち上げメンバーとしてパーソルキャリア(株)(旧社名:インテリジェンス)に入社。入社後はハイクラス転職サービス「doda X」やオウンドメディアの立ち上げなど、多くの新規事業、サービス開発のマーケティングを担当。2017年「タニモク」を開発。現在はミッション共創推進部の共創プロデューサーとして「タニモク」プロジェクト、「キャリアオーナーシップとはたらく未来コンソーシアム」の事務局などを担当し、はたらく個人のキャリアオーナーシップを育む機会をつくり続けている。

「変わらない」個人と人事の課題

三石

今日はパーソル総合研究所の主席研究員の小林祐児さんから、人事施策における「キャリア対話」の重要性をお話いいただきます。小林さんお願いします。

小林

キャリア対話の話をする前に、今の人事の課題という観点からお話をしたいと思います。今、企業人事は「届かない」キャリア施策に頭を悩ませています。「学んでほしい」「動いてほしい」と人事は思っていますが、社員個人に研修をしても制度を作っても「変わってくれない」「動かない」。ではなぜ研修や制度で動かないのか?その最大の課題は「変化適応力」が低い状態にあることが関係しています。変化適応力とは「会社、ビジネス、環境が変化しても自分は活躍できると思える自己効力感」と言い換えられます。パーソル総合研究所の調査で、日本人は30代からガクンと下がり、そこからずっと下がり続けます。

30代以降下がり続ける変化適応力
出所:パーソル総合研究所「シニア従業員とその同僚の就労意識に関する定量調査」

三石

「変化適応力」が下がることで何に影響があるのでしょうか?

小林

会社の中での変化ということで、「社内活躍見込み」と比べてみると影響をみていきましょう。「社内活躍見込み」は、個人が会社で活躍、または昇進できそうという効力感です。つまり自身が評価される、活躍できる可能性がある状態ですね。

「変化適応力」がよりポジティブな影響
出所:パーソル総合研究所「シニア従業員とその同僚の就労意識に関する定量調査」

図を見ると「変化適応力」は「社内活躍見込み」に比べて、「個人パフォーマンス」「職域変更への積極性」「学習手段の幅広さ」「休日の学習時間」などがプラスに影響しています。つまり「変化適応力」を持つ個人なら「学ぶ」「自律する」、そして会社に貢献をしてくれるのです。それなら「変化適応力」を上げられる要素はなんなのか、どのような施策をやれば、「変化適応力」が上がるのかを人事の視点からさぐっていきましょう。
下記の図を見てください。

変化適応力と人事施策の関係性
出所:パーソル総合研究所「シニア従業員とその同僚の就労意識に関する定量調査」

先ほど挙げた「変化適応力」にプラスに働くのは何かを調査したところ、「公募型異動制度」「シニアへの教育研修」「キャリアについての対話」の3つがあがってきました。

三石

順番に、どのような効果があるか教えてください。

小林

まず1つ目は「公募型異動制度」、簡単に言うと手上げ式の社内異動制度ですね。これは「自分で考えて、この組織に行きたい」という前向きな意思を促します。これを逆でいうと「会社命令の異動転勤」ですが、こちらは変化適応力を下げていきます。

三石

自分の意思ではないのに、キャリアが変わってしまうからでしょうか。

小林

そうですね。しかし逆に安定しすぎてもダメで、雇用の安定性がでると、「興味の柔軟性」が下がります。「このままいけるな」と思うと、変化を望まなくなってしまう。だから興味が下がり、変化適応力も下がります。
次の「シニアへの教育研修」は、先ほどの変化適応力の年代ごとのグラフにあったように、40代、50代とどんどん下がっていきます。下がりきってから施策を打ってもほとんど響きません。だからこそ、手前の段階でシニアへキャリア研修や教育を行っていくことが大事になります。

三石

この2つ、要は「意思を持つこと」を促しているように思いますが、違いますか?

小林

はい。しかし、「意思を持ってない人に意思を持ってね」とお説教して、でも持ってくれなかったというのが今のキャリア自律ブームの中身です。お説教しても意思はでてきませんよね。そこで大事になるのが、3つ目の「キャリアについての対話(以下:キャリア対話)」です。

キャリア対話とは何か

小林

変化適応力をよく見ていくとキャリアについて人と話している経験がある人ほど、高く出ていました。しかも「上司」「キャリアアドバイザー」「友人・知人(仕事関連)」とキャリア対話をしている人ほど変化適応力が高いんです。

有能な相談先は、「上司」「キャリアアドバイザー」「仕事関係の友人・知人」
出所:パーソル総合研究所「シニア従業員とその同僚の就労意識に関する定量調査」

いわゆる、なれ合いではない人との対話が大事であることが見えてきています。これは「客観的な第三者の意見」がキャリアには大事だからです。

三石

最近ですと、上司との1on1を行っている会社は多いと思いますが。

小林

1on1を導入している企業は多いですが、効果的に使えていないのが現状です。例えば、時間がなくて業務の話ばかりしていてキャリアの話はできていない、キャリアの話をしていても「正解」を先回りして上司が伝えてしまう…など「対話」になっていないケースがそれにあたります。

三石

わかりますね。私が、公式「タニモク」を行う中で営業担当の方から出た悩みがまさにこれでした。「上司から営業の正解を教わって、その通りにやったら目標予算は達成できるようになった。でも『成長の仕方』『さらに伸びる方法』を自分で考えたことがないから、この先が見えない」と。

小林

つまり「社内では正解を教えてくれるけど、考えさせ、問いを与えてくれる人がいない」ということですよ。対話は相互作用です。ボーリングじゃなくて、卓球。片方のスキルだけでは成立しません。内省は大事ですが、人は人とかかわることでの効果が多くあります。では、その対話の効果についてみていきましょう。

対話の効果

小林

パーソル総研のインタビュー調査では、キャリア対話には「解放」「内省」「整理」「気づき」「交響」「言霊」という6つの効果があるとまとめました。

キャリア対話の効果
出所:パーソル総合研究所「キャリア対話に関する定性調査」

まずは「解放」「内省」「整理」です。話すことで、自分がいままで言えてなかったことが「解放」されてすっきりする。そして、話したことで、自分の過去の成功や強みなどを再認識する「内省」。そして、話すことによって思考が「整理」されるという3つ。

キャリア対話の効果
出所:パーソル総合研究所「キャリア対話に関する定性調査」

4つ目の「気づき」は繰り返し自分に問いかけられたことによって、自分でも気づいていなかった潜在的な気持ちに気づくというものです。このインタビュー調査では1回質問したことを少し言葉を変えて、あえて同じようなことを聞いています。すると、回答者は「1回目で答えたけれど、2回も聞いてくるから、絞り出さないとな…」と再度考え始める。しかも、2回も聞くってことはインタビュアーが期待してるから「嘘ではないけど、何かしら言葉にしなきゃ」と思考をめぐらします。その時に「実はあまり言いたくなかったけれど…」と本音がでてくるんです。これは一問一答形式では得られない効果です。

5つ目の「交響」効果は単純に言うと、分かってくれてうれしいということ。誰かにポジティブに認めてもらうこと、誰かに聞いてもらいたいという気持ちの肯定ですね。対話者が前向きなリアクションを返すことで、相手に前向きさが生まれる。対話の満足度との相関が一番高いのはこの「交響」なので、丁寧に真剣に聞いてあげてリアクションするということは対話において大事だと言えます。

三石

そうですね。「タニモク」でも「真剣に聞いてもらえてうれしい」という感想はよくあります。

小林

どれだけ聞いてもらえる環境や場が少ないかということですね。そして最後は「言霊」効果。自分の仕事や会社についての思いを「言葉」にすることで、実現に向かっていく効果です。単純に言えば「人に言ったから、やる気になる」ということですね。このように効果がさまざまある「キャリア対話」は自分を知り、他人の評価を知り、未来を考える。だからこそ、個人が前向きにキャリアを考えて次の行動が生まれる。これを創発性と言います。

キャリア対話の創発性がもたらす効果

小林

ちょっと前に職場における「心理的安全性」という言葉が流行しましたね。そして、Googleのように心理的安全性が高い組織は、イノベーションが生まれやすいとも。これをもう少し詳しく見てみると「心理的安全性」の裏には「本音で話せているかどうか」がありました。
本音で話せていると何が良いか、それは組織にいるメンバーの知識・関心に対するメタ知識「トランザクティブメモリー」が高く、アンラーニング(それまでの知識を捨て、やり方や考え方を変えること)がより多く起こっていることがわかりました。

調査結果サマリ
出所:パーソル総合研究所「職場での対話に関する定量調査」

三石

組織の中で誰が何の知識を持っているかが分かっていると、組織が変化しやすいということでしょうか?

小林

そうですね。例えば、メンバーが研修に行って良い方法を学んで、組織で実践したくなったとします。いかにいい方法だったとしても「組織の中の誰に承認を取って、誰の力を借りて進めたらスムーズか」が分からない場合、どうなるでしょうか?

三石

多くの人は途中でやめてしまいますね。

小林

はい、その時「あ、これはAさんに協力を仰いで、Bさんに提案しよう!」という道筋が立つと、変化を起こすことへのハードルが下がります(下記図参照)。だからこそ「本音で話してトランザクティブメモリーをためておく」基礎が組織に必要なんです。

本音で話せることがなぜ職場での変化につながるのか
出所:パーソル総合研究所作成

キャリアへの主体性を生むには「対話×継続」が大事

小林

また、多くの企業から「対話なら、1on1という『場』は作っているし、管理職に対話のトレーニングもしている。これ以上必要なのか?」という声があがります。私はそれにこう返します。「部下やメンバーにも対話や傾聴の重要性やポイントを説明していますか?」と。先ほども言ったように対話は卓球、相手がいて成立するものです。だからこそお互いに「対話のトレーニング」が必要です。

対話コミュニケーションの促進を「上司トレーニング」に依存せず、フォロワー(メンバー)へのアプローチを検討したい。
出所:パーソル総合研究所作成

当然ながら「ただ話すだけなのになんでトレーニングが必要なの?」という疑問も出てきますよね。それは、社会学における「動機の語彙」という観点からお話ししましょう。
カミュの小説「異邦人」という作品で、ビーチである男が人を殺して裁判になる。裁判になって「何故、君は人を殺したんだ」と聞いたら「太陽がまぶしかったから」と答えます。一般人からしたら「はて?」となりますよね。彼にとっては真実でも、誰も納得しません。
我々は動機があって行為をすると考えがちですが、実はそうではない。例えばパーソルキャリアでの仕事をすると決めた後、それを人に説明する時に動機を探し出す。これが、「太陽がまぶしかったからパーソルキャリアに決めました」では、誰も納得しないですよね(笑)。つまり動機は、社会的に認知されるような内容でなければいけない。我々は人が納得してもらえそうな動機を後付けで、「動機の語彙」の中から探し出します。その動機の語彙は人との対話がないと増えていきません。自分だけが持っている動機の語彙で戦おうとしても実はすごく少ない。

三石

つまり、「動機の語彙」を増やす対話トレーニングが必要であると。

小林

はい。そしてトレーニングを個人まかせではなく、周囲の人も一緒に行う「場」が必要です。なぜなら日本人は「個」で考え、動くことが苦手だから。例えば、悩みがあっても自身でカウンセリングに向かうことはまずありませんよね。例えば、アメリカなら別れそうなカップルは、セミナーやカウンセリングに行き、自分の話をたくさんします。これは国民性であり、見ず知らずの人に一定の自己開示ができる、という精神性があります。これは日本人にはほとんど見られない特徴です。ではそんな日本人にはどうするか、みんながやっているよという「場」と「本音がいえる環境」が必要なんです。

三石

「本音が言える対話トレーニングの場」の提供をすることがポイントですね。

小林

はい。ではなぜ周囲の人も一緒に行える「場」まで用意しなければいけないのか、は日本人の交友関係から紐解けます。下記の図は、日本人における「年齢と交友関係」を表したものです。年齢を経るごとに交友関係が狭まっていきます。日本人は、学友や同期といった、自分で開拓していない、人が与えてくれていた組織内で人間関係をうまくやるのは得意です。だから学校卒業後や同期がいる新卒時代の20代は高くなります。ただ、その資産は減っていくだけで増えませんし、自分で増やそう・見つけようという能力がある人はほとんどいません。

年齢と交友関係
出所:パーソル総合研究所・中原淳「転職に関する定量調査」

これは、継続的な対話を行い、セッションごとに「あなたが感じたことや心に浮かんだことを、どのぐらい話せたと感じましたか?」の質問に対し、10段階で回答したものです。回数を重ねるごとに自己開示、自分が本音で話せるようになってきています。ですから、企業や組織が主導で「継続的に本音で対話トレーニングできる場」を準備してあげることで「変化適応力」を下げずに維持していけるでしょう。

セッション回別の自己開示
出所:エール株式会社より対話データ提供・パーソル総合研究所分析
シークエンシャル・ダイアログ
出所:パーソル総合研究所作成

三石

はたらくひとのキャリアへの主体性を生む「変化適応力」を下げずに…という点では、若手からベテランまでどの年代においても「対話」は必要ですね。今日はありがとうございました。

三石まとめ

対話こそが、主体的なキャリアの「種火」を生み出す

はたらく一人ひとりの主体的なキャリアを生む「対話」について、小林さんに解説していただきました。データからも「対話」という小さな仕掛けを継続することで、はたらく人のやる気に火をつける効果があることがみえてきました。そして、注目されるのは「ピアメンタリング」「2on2」など、小さなことから始められること。とくに「タニモク」はキャリア開発の研修だけでなく、オンボーディングやダイバーシティなどで活用され、社員自身が楽しんで将来のことを語りあう対話のメソッドになっています。社員にとって「簡単、役立つ、楽しい」の「タニモク」で、組織にキャリアを考える対話の機会を増やしてみてください。

タニモク開発者メッセージ

キャリア・メンタリングで
はたらく一人ひとりの力を
組織の力に変えたい。